スーさん、天国へお引越し。

2月20日、土曜日。東京は午後から強い雨になりました。13:00、スーさんを白木の箱にそっと入れて、母が作ってくれた洋服をかけて(化繊は入れられないので綿のものがあってよかった!)、大好きだった牛の干し肉と牛筋を口の周りに置いて、私と夫がそれぞれが書いた手紙と私たちの写真を前足の間に挟んで、我が家から送りだしました。葬儀場では、スーさんの体が見えないほどお花を飾ってもらい、顔の周りには私が用意した白いバラを置きました。本当にかわいくて、お昼寝しているようにしか見えなかったスーさん。あんなにかわいいまま送り出せたことを嬉しく思っています。お経を上げてもらって、火葬の後は、説明を受けながら、夫と二人でお骨を拾いました。

2月に入って、病院通いで皮下点滴。家でも点滴を始めたのが2月12日、金曜日。けれども日々、衰弱。それでも、2月14日、日曜日、14歳と11か月の誕生日をスーさんスマイルで迎えることができました。でも、何も食べられなくなりました。2月15日、月曜日、午後くらいから後ろ足が立たなくなって寝たきりになりました。そこからもう、一切、外出もせず、夜も付き添ってシーやうんちの際は支えてやりました。ペットシーツもそのたびに交換。土曜日まで出張だった夫が、水曜日の深夜、スーの介護を代わるために帰ってきてくれて、スーさんの肉球を握って、一晩、寝てくれました。そして、次の朝、スーさんは旅立って行きました。

皮下点滴開始から7日、食べなくなって4日、後足が立たなくなって3日。苦しい最後ではありましたが、最速で楽になって、旅立ってくれたことに感謝しています。エアデールで14歳と11か月と4日です。大往生です。しかも、病気の百貨店だったのに。1週間前まで、お散歩もできたし、ドライブも楽しめました。早く楽になって欲しかったので、もう少し一緒に居て、とは全く思わなかった。14年と数か月の間、海外も最小限、日々のお留守番もあってもマックス3時間、散歩をスキップしたり、端折ったりしたこともなく、外出してスーさんの夕飯が遅くなったりしたこともなく、本当に最大限、一緒に居ました。自分たちの都合でスーさんのプログラムに皺寄せしたことはなかった。

数日、つらかったですが、お葬式を済ませたら、かなり気持ちが落ち着き、翌日、日曜日には、悲しみの涙も出なくなりました。スーさんのものをすべて処分、というようなこともしていません。夫も残してほしい、というので、スーさんのピーちゃん毛布とか洋服とか、大半のものはきちんと整理して、物置の棚に並べました。さすがに14年以上、一緒に居たので、スーさんとの毎日をつぶさに思い出すし、ふっとスーさんの気配を感じるのですが、そんな時、自然に笑顔になります。そういうすべてのものが、悲しみと、会いたい気持ちを運んできて、いたたまれなくなるのかと思ったけど、違ってました。スーさんの写真を見ると、やっぱり笑顔にしかならない。全くやり残したことがないと思えるので、スーさんの旅立ちからまだ5日しかたってないのに、既に立ち直りました。というか、悲しむ要素がないんですよね。不老不死を望むのでもない限り。

遺骨にお水や大好きだった食べ物をお供えするのも、スーさんを世話をする形が変わっただけのような気がします。ただ、、近所を歩くと、ちょっとだけつらいかな。スーさんなしで歩いたことなんて、ないですからね。でも、それも、やっぱり、目頭がちょっと熱くなって、スーさん、とつぶやいてしまう程度です。

今後は、スーさんの魂はどこでもいっしょ。全く帰りを気にせず外出できる。憧れの、「買い物したあと映画」とかもOK!美容院が長引いてもイライラしなくてOK! 海外遠征も激増することでしょう。14年と3か月と4日間、本当に素晴らしいスーさんとの時間でした。いや、これからも、スーさんとの時間は続きます。そう、感じるので、まったくさびしくないです。いや、ほんと、自分でもどーなることかと戦々恐々としてたけど、だいじょうぶ、スーさん、だいじょうぶだったわ、スーさん。本当にありがとー。スーさんのおかげだ。これからもよろしくね。スーさんを見守っていただいていた方々も、本当にありがとうございました!
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by easternsky | 2016-02-23 13:23 | &スー | Trackback Top

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